白州町の災害について

白州町の災害について
白州町の水害
「災害は忘れた頃にやってくる」この言葉は誰でもが使い、誰でもがある程度は理解している。しかし災害は地域によって独特の性格を持っている。例をとれば北杜市のように釜無川や七里岩を挟んで上下では相当の差異があり、住民の感情も大きく違う。
私たちの住む白州町は私たち白州町民は現在のところ、身近な集落情報はあっても、町や市の情報は身近にない。また各機関から出る様々な情報誌やパンフレットは必ずしも地域密着情報とはいえないものが多い。
昨年(1011)9月の大雨により、白州町内の小河川の側壁砂岩では土砂崩落が起きて、その惨状は現在も続いている。
こうした現状をつぶさにみると、林道・水・樹木が複雑に影響している。土砂崩れのみられるのは、林道建設側壁やダム工事など側壁掘削からの崩壊がめだっている。また普段水が無いような沢にも、大量の鉄砲水の足跡が目立つ。
また成長した樹木との関係も顕著であり、白州のように、そのほとんどが花崗岩砂礫に覆われている地域の傾斜面の植林樹木は、成長した自重を支えることも難しくなっている。特に地域の環境や地質構造を無視した大量の植林は事業のためのもので、けっして治山の為のものではない。
日本国内の災害が伝えられる度に、その上流には杉・桧・唐松の大量植林地があり、土砂とともに滑落する成長樹木が被害拡大の大きな要因となっていることは、災害時の報道見れば誰でも理解できるが、行政がそれを国民に説明していることはない。また、こうした状況を適切に捉えている学者や研究機関も少ない。地域の土壌や地質を考慮することなく斜面に林道や作業道路を開き、放置状態、これが山岳地帯の崩壊をさらに進める結果となっている。
こうした土石崩落の大きな人的要因は、天然林を切り払い、場当たり的な目先のない林業施策による植林事業にあることは現場を見れば一目瞭然である。 
例をとれば尾白川上流の日向山林道などは、急傾斜砂岩上への植林のために林道を切り開いたもので、この林道建設やカラマツ植林がなければ、現在のような崩壊は起きない。つまり人為的行為によって現在の崩壊が起こっていると言っても過言ではない。また植林された唐松などは林道が崩壊している現在、将来とも切り出すことは出来ない。花崗岩の表層土に植林された樹木は倒壊や滑落を余儀なくされ、多くの河川で鉄砲水の要因を熟成している。
白州町や武川町には、昭和三十四年の大災害やそのご水害により多くのダムが造られた。その数は白州町だけでも膨大な数に及ぶ。しかしその際に造られた作業道も、土砂崩壊の大きな要因であり、神宮川や流川などにその例を見ることができる。再びこの地域山岳地帯に大雨が降れば、土砂崩落と土砂流失が起きて、下流に大きな被害を及ぼすことになる。河川によっては、現在の山梨県北杜市の災害把握や緊急非難情報では何等役立たないことは明白で、行政ももっと綿密な施策が求められ、地域に住む人々の安心安全に意を注ぐことが緊急課題である。
緊急時にはとにかく安全地域へ逃れる事が大切です。
大崩落が連続している尾白川流域の崖など、震度が軽くても大崩落の危険がある。大崩落の土砂や樹木は河川に詰まり、自然ダムとなり鉄砲水は現在の白州支所を始め、白州町の中心地を東下する。白州町の避難場所は白州中学校や小学校それに集落施設が考えられるが、その避難地が災害の中心となる場合もある。従って周囲にある高台への避難先となり、河川を跨いでの施設や小中学校は避難先とはならないので、災害の内容によっては大幅な見直しが求められる。
白州町や武川村北杜市内でも急峻な山岳下流にあり、画一的な災害対策では不十分である。また高齢者の多い中で、その避難態勢や連絡徹底などは地域住民が自ら構築することが肝要で、実質的な研究が急がれている。最近さまざまな場所でそれに類する講演会や研究会などが開催されているが、地域情報を持たない非難方法や連絡網など大切な箇所が欠落している。私たちの住む白州町の上部河川や山岳地帯の状況は雨量だけでなく、災害要因と状況を人々に如何に伝えるかが最大の緊急課題ではないだろうか。